容貌は峭刻となり・・・

加藤 文という作家が面白い。
ここで読める。
普段は電通だか博報堂だかの広告代理店に勤めながら、創作に勤しんでおられるようだ。
40歳という年齢にしては少なからず熟しすぎた印象があるけれど、実力が伴うので全く嫌味が無い。

昨夜、本棚を漁っていると、乱雑に詰め込みすぎた小説やら昔の教科書やらがどばっと流れ落ちてきたので、良い機会かと整頓を試みた。
しかし、手に取る本のどれもが面白そうに思えて、ぺらぺらとやってしまうため作業は全くはかどらない。
特に中島 敦にいたっては、『山月記』だけと思って読みはじめたのに、そのまま『名人伝』まで一気に読了してしまった。
三十そこそこの人間が書けるもんなのだろうか、これ。

国語の教科書にも多く載っているから、読んだ人はかなり多いと思うけど、山月記の冒頭1ページは天啓でもあったんじゃないか。
1ページだけで15もの脚注を要する文章というのは、よっぽど無理しなければ書けない気がするが、この場合は意味がわからなくてもスラスラと読める。
しかも、語感だけでイメージが沸いてくる。
もちろん、脚注を見れば、言葉のセンスに脱帽するし、「歯牙にもかけない」なんて表現が完璧にハマっていて、絶対に自分は使っちゃいけないような気になってしまう。
才能があるっていうのはこういうことなんだろうなぁ。

その三冊隣に並べた、井上 靖の『あすなろ物語』。
なぜだか、話が思い出せない。
読んだのは確か高校生のときなのだけど、登場人物の一人も思い出せない。
多分、面白かった気がするので、再読しようと思うのだが、買ったまま読んでいない本がまだ数冊あるので、おいそれと読み始めることができない。
同じ理由でハリスの『羊たちの沈黙』『ハンニバル』も読みたいけど読めない。
余談、この2つは映画よりも原作が断固、面白い。
クラリス役がジョディ・フォスターでなくなった『ハンニバル』に関しては尚更だ。
おそらく、『羊たちの沈黙』は俺が一気読みしたスピードで自己最速だと思う。
その8冊隣の椎名 誠『アド・バード』も猛烈な勢いで読みきったが、読後も興奮しっぱなしだったという点で別格。

結局、整理しきったのが朝の5時半。
たくさん出てきた新潮文庫の応募券で新たにYONDA君グッズをもらおうかと思ったが、もう少し貯めてみようかと思う。
例のビデオもすごく気になるのだけど。誰か持ってたら貸してほしいです。

先述の『山月記』のように、印象に残っている小説はやはり、冒頭から記憶している。

『細雪』の
「こいさん、頼むわ。――」にせよ、

『人斬り以蔵』の
「不幸な男が生まれた」にせよだ。

ただ、私的にはそれらを遥か後方に差し置いて、印象深いのが大槻 ケンヂの自伝的大河小説『グミ・チョコレート・パイン』だ。


五千四百七十八回。
これは、大橋賢三が生まれてから十七年間に行った、ある行為の数である。
ある行為とは、俗にマスターベーション、訳すなら自慰、つまりオナニーのことである。
彼が最初にその行為を「発見」したのは、今からちょうど五年前・・・


こっちのほうがすげぇと言ってしまうのは、中島 敦をはじめ、谷崎 潤一郎、司馬 遼太郎の墓前で腹を掻き切って詫びなければいけないところだが、五千四百七十八回という数を記憶してしまったという事実は消せない。

本の話題で少し興奮してしまうのはどうかと自分でも思う。
読まない人はわからないし、それだけならまだしも、ただの衒学にもなりがちだ。
多分、小中高と本ばっか読んでて引け目感じてたせいが大きいんだろう。
大学に入って、自分よりもずっと読書好きな人に多く出会ったのは、とても嬉しいし、しかも、そういう人たちの多くが、俺が持ってた引け目じみたものを感じずにいることに衝撃を受けた。
なんで俺はフレンドリーな本好きになれなかったんだろうなぁ。
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by sargent_d | 2005-02-03 02:39
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