ハリウッドの止まない成長物語

一つの物語の中に、象徴的な寓話を織り込むのは、たまに見かけるものではあるが、映画『ランドリー』においては、際だって効果的だったと思う。
数年前の映画で、まだ主演の窪塚洋介が世間的に享受されていたころのもの。
そんなにヒットした映画ではないけれど、何の気無しにレンタルしてみたら大当たりだった。

ロシア文化研究で有名な一文の井桁先生が話してくれたことだが、「成長物語」という形式はあらゆる物語のうちでも、いわば最強の形式かもしれない、と。

思えば、俺の好きな映画や本もそういったものが非常に多い。
『ランドリー』もある意味でそれだ。
大槻ケンヂ『グミ・チョコレート・パイン』にせよ、金城一紀『GO』、映画『デトロイト・ロックシティ』、重松清『エイジ』、ゴールディング『蠅の王』と、数えればキリが無い。

唯一、これは好きだけど例外もいいとこだなっていうのが『新世紀エヴァンゲリオン』。
もう、徹頭徹尾、主人公はヘタレ。
アメリカではイラついてしょうがないなんて罵倒されまくり。
劇場版の最後の最後まで「(エヴァに)乗りたくない、死にたい」だなんて愚痴って、結局仲間を見殺したあげく、乗ったら乗ったで精神崩壊して全人類を虐殺。
成長するどころか、第一話の登場のほうがよっぽど健全。

そりゃあ、アムロ・レイだって、最初はマニュアル見ながらテンパってたし、乗りたくないって駄々こねて、若干19歳のブライト艦長に殴られはするわけだが。
もう、それとは別次元でヘタレ。

確かに、旧時代のマッチョなヒーロー観なんてのは崩壊しかかってるとは思うけれども、やっぱり戦隊シリーズや仮面ライダーシリーズの主人公はヘタレになって欲しくない。
某レンジャー:「他のみんなと協力して戦えだなんて。そんなの嫌だよ。偽善だよ、人間のエゴだよ、怪人と戦うのって怖いんだよ」
なんてふさぎ込んでたら、プリマハムのソーセージも売れない。

しかし、なんでアメリカでは未だにマッチョなヒロイズムが健在でいられるのか。
ちなみにエヴァはハリウッドで実写化が進行中。
その昔、庵野監督は「エヴァは極めて日本的なテイストで作った」と発言しているし、それは明らかなので、大幅なプロット修正が為されるとは思うが、それでもウケるものか。
きっと、アクション大作に仕上げようとして、米版ゴジラの二の舞になんだろう。
一応、公式発表サイトはあるんだが、もうどこから突っ込めばいいやら。

エヴァは確かにロボットではなく、アンドロイド(汎用人型決戦兵器)とはいえ、このバイオハザードなデザインは・・・・・・。
登場人物のラフスケッチも、酷い。みんなデブ。なんだこれ。
実際は俳優が演じるんだろうが、それでも萎える。

きっと、主人公は果敢にも自爆覚悟で使徒に突っ込んでいくのだろう。感動的なBGMを受けながら。よっぽど割り切らないと、見られないな。

先日、新しい「Z」に関する富野監督のインタビューを読んだのだが、「オタクには感謝しているけれど、作品を作るうえで迎合するような真似はしない。そんなことしたら作品はダメになる」と発言していました。
またエヴァに絡めて言うなら、あんだけ作品がヒットして関連商品バカ売れで、DVDも売れまくり、TV再放送しまくりとさんざん盛り上げておいて、全オタクが首を長く長くしていた劇場版のラストで「こんなのに陶酔して現実放棄した、おめーら『キモチワルイ』」とバッサリ切り捨てるわけけだ。
そういう類のこと、ハリウッドでやったら非難囂々間違いなし。

成長することは常に良いことだという一面的な考え方の作用だろうか。
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by sargent_d | 2005-05-17 01:14
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