Sunday Bloody Sunday

台風で外に出られないのではなく、己の横着で出られない気がするほど、いまのところ台風の影響は感じない。
まず、だいたいからして起きたのが昼の3時だ。
目覚ましは12時にセットしたのだけど、どうもいけない。

コーヒーを淹れて、煙草を吸ったら何もすることが無くなったので、本を読む。
井坂幸太郎の『ラッシュライフ』
読み終わったら7時になっていた。暇なときに読み始めて良かった。
こういうときに一気読みできる幸福感ってのは何事にも代え難い。
呆気にとられるぐらいに面白い本だったので、暇な人は読むといい。

とはいえ、やることは無いわけでもなく、まぁ、それなりに毎日活動している。
夏合宿のコピーやら、最終調整やら。電卓打つのが速くなってきた。


最近はU2ばかり聴いている。
2枚組のベスト盤だけだが。いい曲つくるバンドだと思う。
けど、ボノは好きになれないところが一つある。
いや、好きになれないというか、同意できないというのが正しい。

鯨食ってもいいだろ。

何度か鯨を食ったことがある。
旨いのも食ったし、これなら食う必要性無いと思うぐらいまずいのも食った。
俺は大学に入ったころ、所謂Animal Rightsってのに興味を持っていた。
原初体験として、小学校のころの縁日でひよこ釣りに生まれて初めて理不尽を痛感したというのがあって、それを今も引きずっている。
動物の権利ってのはどこまで認めるべきなのか、または一切権利なんて無いものなのか。
自分なりに文献を読んだり考えたりしてみたが、まぁ、ハッキリした答えがやすやすと生まれるはずもない。
俺はベジタリアンには多分なれないし、焼肉大好きだし、釣り行きたいし。

鯨は知能レベルが高いからダメ、絶滅しそうだからダメなんだそうだ。
アニマルライツ研究においては、その動物が生命を搾取されるとき、苦痛をどれほど感じるのかという側面での研究が進んでいる。
鯨はハッキリと痛みを感じる。
無論、牛も豚も鶏も痛みを感じる。
魚類には痛覚はないが、苦しみは感じる。
なら、線引きは一体どこですればいいのか。
きっと苦痛は感じないだろう原始生物ならアリなのか?
ミジンコの粉末でも飲んで暮らせと?
それか、無精卵を生命じゃないと見なせばアリか?
そもそも俺たちに線引きする権利なんてあるのか?

鯨に関して言えば、絶滅を防ぎつつ捕獲する理論が確率されつつある。
日本の海洋研究所は必死だし、優秀らしいから。
つまり、捕っても絶滅しない。むしろこのままだと鰯とニシンが絶滅する。

俺たちが生活する選択肢は狭まった。
・一切の動物性タンパクは無精卵と原始生物のみによって摂取。
・心行くまで肉食。
の、二者択一じゃないか?

たとえば、こういう考え方は傲慢で大嫌いだが、一つの事例。
鯨を捕れば、残酷な養鶏所施設は減る。飢えた人々が助かる。

養鶏所という施設は凄い。システマティックにもほどがある。
生命という概念はあるのか、ないのか。
もちろん、そういった施設に俺たちは依存して生活しているが。
(ちなみに大手ファーストフードチェーンでは、劣悪な環境の工場畜産を糾弾しているところが多い)

あまりにも無意識だ。
小学校の給食、いただきますの唱和のどれほど空疎なことか。あんなもん、100m走のヨーイドンと同じ意味しか実際的には持っていない。
俺の家の冷蔵庫には冷凍されてパック詰めされたハンバーグが入っている。
これ見て、誰が生命に感謝するんだ?企業のロゴと成分表とバーコードが印刷されたこれが、しばらく前まで生きていて、草食って、そのうち殺されただなんて、あまりにもリアリティが無いだろう。

だから、釣ったままの魚とか、その辺を走っていた家禽とかを実際に自分で処理して食ってみればいい。
釣ったばかりの魚をさばくのはなかなか難しい。イケスで弱ったりしていないから、すごい勢いで抵抗する。カワハギなんかにいたってはギーッだなんて声を出す。
鶏だって、自分で首をぐるぐる締め上げて、羽をむしってみればいい。
ハッキリ言って、それができないなら俺たちは肉食する権利なんて無いと思うがどうだろうか?

釣った魚から鉤を外すときに、エラを傷つけてしまうことがある。
血がそれこそボトボトと垂れてきて、手が血まみれになる。
ああ、こいつ逃がしても死ぬんだな、と思ったときの感情は名状しがたい。

釣りバカ日誌の1作目で名言がある。
焼き魚を前にして
「こいつもこんなとこで焼かれるだなんて思ってもなかったんだから、キレイに食べてやんないと成仏できないよ」、と。

俺は食い物を残すのが嫌いです。
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by sargent_d | 2005-07-26 22:12
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