アメリカとラノベ市場とフルバ

何度も何度もmaguさんとsuzukiさんに読め! と促されていた折に、帰郷したらなぜか弟が全巻持っていた『フルーツバスケット』(最新刊が16日発売なのか)だが、アメリカで売れているらしい。

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トレーディングカードがアメリカで発売されるのかよ。




まあ、数年前(俺が中学生のころ)、日本でもMagic:The Gatherlingが爆発的にヒットし、当然ながらアメリカで売れたからこそ。アメリカにもカードゲーム市場の土壌というのはしっかりとして、存在するのだろう。

しかし、日本のメディアミックス系カードゲームが売れるかどうか、というと疑問だ。

こういった類のカードゲームというのは、自分ひとりが集めていても、さしておもしろくはないわけで、対戦相手、交換相手があってこそ、はじめてカードゲームの本質が立ち現れてくるのだろうけど、果たしてそこまでの規模で『フルバ』が売れているのやら。
もちろん、マニアが自己満足的に大人買い収集はするだろうので、ある程度の売り上げは見込めるのかもしれんが。

この記事で注目したいのは、メディアミックスとしての『フルバ』がアニメ中心ではなく、漫画中心であること。大抵の日本作品は、まずアニメありき、なのだろうが、なぜフルバは漫画が中心なのだろう。

当然のことながら、アメリカではページをめくる向きが日本とは逆なのだから、大抵の作品は編集が成される。(最近は思い切って、日本式で発売することも多いらしいけど)ということは、微妙なデッサンの狂いなどが如実に反映されて、なんだか気持ち悪い絵になることとなり、修正が必要になることも少なくないらしい。フキダシの位置変更も必要だし、擬音も書き換えが必要。『AKIRA』が、その正確なデッサンゆえに、ほとんど修正の必要もなく出版されたのは有名な話だが、正直、『フルバ』の場合は、とくに物語前半の絵はまだまだ完成されていないので、そのへんが気になる。

ちょっとズレるが、世界のジョジョは爆笑できる。
ベトナム版なんて、原型が無い。

だいたいからして、日本で漫画がここまで取り入れられているのは、日本人に伝統的に根付いてきた、立体感覚があるからにほかない。日本人は<2D>にさほどの違和感を感じない。浮世絵なんかを、他国の同時期の作品と比較すればわかることだが、日本人は2Dとしての絵に慣れている。遠近法などなくとも、日本人は脳内補完で情景を読み取れる。

しかも、写実性に重きを置くというよりは、強調・捨象という、あるいみ抽象的な表現に慣れてもいる(浮世絵の顔は全然写実的じゃないだろ)ので、アニメキャラのでっかい目や、サザエさんのような狂った身体バランスを容易に受容できる。このへんが「土壌の違い」なんだろう。

アメリカにもっとライトノベルを大々的に輸出してみればいいと思う。
『スレイヤーズ!』なんかはアニメがメディアミックスの中心としてアメリカでヒットしたけれど、ラノベにもその可能性はあったんじゃないか。

いまアメリカでヒットしている小説にラノベ性を感じているのって、俺だけなんだろうか。
いうまでもなく、ハリー・ポッターなんかはその典型だと思うし、アメリカ人が大好きなモダンホラー・サスペンスにおいても日本のラノベのクオリティは高い。手始めに乙一や舞城あたりを英訳して、出してみればどうだろうとよく思う。舞城の文体を英訳するにはちょっとキツイものがあるかもしれんが、可能性としては十分だと思うぞ。
村上春樹がしっかりと受け入れられているのだから、いけるはず。


ここ最近、妙な更新ばっかりだなぁ、と改めて思う。
平安時代の貴族が、なんもすることが無いばかりに、妙な文章を書きまくっていたことに共感できるな。
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by sargent_d | 2005-09-13 11:31
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