春樹と大盛りとチルドレン

デイリーポータルの記事が面白い。
「学生街の飯屋で『できるだけ大盛りにして下さい』って言ってみる」




ライフの大盛り画像に早速爆笑したが、オトボケって「ダブルス」なる裏技があったんだな。
つか、そんなん頼んでるやつ見たことがないぞ。
ご飯二杯=ダブルスという安易な発想がオトボケらしく潔くて良い。

早稲田以外の大学へ行くと、みんなどこで食べてんの? と思わされることが少なくない。
ホント、早大生はメシの面で恵まれてるなぁと思う。

そういえば、馬場にTSUTAYAができるね。
ウェンディーズのすぐ横。
10月オープン、フロア二つらしいので、そこそこ品揃えも良いのかも。
向いに聳えるリバティがどう対抗してくるか、だな。

閑話休題。

『海辺のカフカ』を今更ながらに読んでいる。
まだ、上巻の中盤だが、とてもいい。
春樹は高校時代に『ノルウェイの森』をなんとか読み切ってから、敬遠していたのだが、ここしばらく受け入れられるようになった。
ついこないだも『羊をめぐる冒険』を読み終えたばかりだ。

ただ、村上春樹の文章というのは、いつもなんとなく独特のクセがあって、連続してよみすぎると、書く文体はもちろん、脳内思考までもが春樹風になってしまう。自然と「やれやれ」だなんて思ってる自分に気がついて驚く。

過去の名スレ

それでいて、日本を代表する作家でもあるわけだから、春樹の影響を受けた作家、所謂「春樹チルドレン」という存在は少なくない。

このはてなダイアリーの説明を読んで気がついたのだが、これら一連の作家においては、俺の個人的な好き嫌いが両極端に働いている。
たとえば、舞城王太郎、井坂幸太郎、滝本竜彦なんかは俺がいま一番好きな作家たちだし、「嫌いな作家は?」と聞かれたら迷わず答える某作家も名を連ねている。

彼らが春樹からなにかを継承しているとするならば、春樹において、俺は無意識のうちに、ある二面性を感知しており、それは俺にとって受容できるもの/忌避するものという差異を有しているのかもしれない。
高校時代には、忌避対象としての要素につよく意識が働いていたということなのか。
しばらくすれば、某大嫌いな作家も好きになれるのか。


しかし、村上春樹って早稲田って感じがしないんだが。
学部の後輩として、常に思う。
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by sargent_d | 2005-09-14 02:41
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