2.0と押井守

Gニュースから、再度。

東京ビックサイトで開催中の「NET&COM 2006」会場で2月3日,コンシューマ向けの情報機器・サービスの優秀製品を選ぶ「ネットKADEN 2005」の表彰式が開催された。36点の応募の中から,ソニーのネットワークAV機器「ロケーションフリーベースステーションパック」が大賞に選ばれた。 (日経ネットワーク)

要するに、自宅の家電を外部から操作するシステム。
PCやPSPでもいいらしいんだけど、システムを接続することで、どこにいても自宅のテレビの映像だとか、音楽だとかを楽しめる、と。

さすがにまだ白物家電のネット化はされていないが、将来はヘタしたら冷蔵庫や洗濯機までインテル入ってる、ってな事態も予想されてしまう。

ユビキタスなんて言葉は既に古い響きを伴うぐらいになっちゃったが、実際にそれが実現されつつあるいま、ホントに邁進していっていいのかなという懸念が何となくある。
Web2.0が提唱され、実際に将来の生活におけるシステムはWeb/ブラウザベース的なものになるんだろうけれど、そうしたらシステムの中に他者をどれだけ介在させることができるんだろうか。

昨年度、授業で1年間、学校の近くの小学校にフィールドワークに行っていた。
俺のテーマは、子どもが新しい形のネットワークにどう参与しているのかを検証するものだったんだが、得られたデータそのものは予想の範疇を越えるものじゃなかった。
けれど、実感したのは、彼らにとってネットはあくまで道具。ツールにすぎず、コミュニケーションを拡大するものではまだまだないということ。

物心ついたら既にネット接続された端末が身近にあって、自由に使える世代。
当然インターネットの仕組みなんて判らないままに、ネットの大海へ飛び出すわけだ。
つまり、それに俺は、例えば俺が石油ファンヒータがどうやって空気を暖めるのかよく知らないながらも、恩恵を与っている、という仕組みに近いものを感じた。

つまり、ネットにおいて、仕組みを知らないということは、回線の向こう側にいる人そのものを認識できない可能性に直結する。
あくまで道具。冷蔵庫、電子レンジと一緒。
掲示板に書けば返事が返ってくるし、ブログを作ればいつのまにかトラックバックが貼られる。
そこにおいては、実在の人間性を想起しづらい気がする。
そして、WEB2.0がいま言われているような形で確立されたんなら、尚更新しい世代はそれが難しくなるような気がしてならんのだ。

そのうち、人間もインテル入ってるになって、マトリックスや攻殻機動隊みたいな世界になるかも、ってのはあながち空想でもないな。
相手の人間性を想起できず、あくまで情報源としてみんなが総体的に考えているのなら、自分も無意識でそれに取り込まれちゃうんじゃないの、という今日の妄想。
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by sargent_d | 2006-02-04 00:29
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