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火曜サスペンス劇場

夜9時。
西武新宿線という路線はいつ乗っても混んでいるあたり、ダイヤがおかしいと思っているのだが、夜の9時過ぎに突然空くことがある。
運良く、その車両に乗り込むことが出来た。

鞄のなかにはさきほど入手した小説とDVD2枚。
小説は重松清「その日のまえに」、DVDは最近はまっているアニメ「Serial Experiments Lain」の4、5巻。
明日は休みなので、メタリカの練習の合間にでも楽しむことをほくそ笑みつつ、座席に坐り、再読中の舞城王太郎「世界は密室でできている」を開いた。



いつのまにか電車は新井薬師前駅に着いていた。
間二駅というのは、読書をするには少し寂しい区間だが、それは贅沢な悩みというべきか。
普段ならどっと人が降りるこの住宅街の駅も、今日は人がまばらだ。
駅を出て、一本折れると、前にも後ろにも人はいなくなった。

歩き煙草は良くない、と思うのだが、こういう夜、だれにも煙がかからないシチュエーションになると、ついポケットに手が伸びる。
最近、木枯らしが出てきた。
俺の低性能オイルライターの火はすぐに消えそうになる。
真っ暗な道で、この軍用ライターの灯はひどく頼りない。

ふーっと、一息つくと前に人影が見えた。
あ、人いたのか、と思うよりもはやく、眉間に皺がよった。
何かおかしい。
俺の前にある人影――セミロングの髪からしておそらく女性だろう――は真っ暗なアスファルトの上で、くるくると回転していた。

それは優雅なフィギュアスケートのよう・・・・・・とはとても言い難く、比較的正確に形容するならば、テンションの上がりまくったデカパン博士のように鈍重かつ軽やかな回転だった。

俺の脳内で「ヤバイ」の3文字がナトリウムイオンのインパルスに変換され、ニューロン、シナプス、レセプターを秒速120mで駆けめぐり、視覚を司る後頭葉から危険を感じる辺緑体扁桃体へと確実に伝達され、それは俺の筋肉に作用して足を止めさせるに至った。

その時点で人影は目前15メートルに迫っていた。
遅かった。
目が合った。
女は叫んだ。

「タバコ!」

え?
あ、もしかして俺は歩き煙草を咎められているのだろうか。
でも、そんなこと天下の公道でキメキメになっているやつに言われたくない。

しかし、女は着実に距離を詰めてきた。
顔はよく見えないが、さっきの声は多分怒っていた。
これなら警官に注意されるほうがマシだなぁ、と思っていると、いつの間にか女はもう目前だった。

そして、
破顔し、
「ね、煙草ちょーだい」
と、言ってのけた。

え? あ、はい。
と、俺は気付くとラッキーストライクを一本差し出していた。
女は「ありがとー」と言うとポケットからライターを取り出して着火し、美味そうに一息吸い込んでから、また回転しつつ、横の道へと逸れていった。

帰宅したが、「lain」よりもよっぽどサイコホラーなものを見てしまったようで、今ひとつ乗り気になれなかった。
しょうがないので2時間ほど寝た。
あれは、現実だったんだろうか。
箱に入った煙草の本数では確かめようがない。
by sargent_d | 2005-11-23 02:27
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